高校野球編:第三話 最初の挑戦・最後の挑戦(中編) (Page 3)
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あたるは飲みかけたジュースをぶーっと吹き出した。あたるの飲み物はオレンジ色であったが、酎ハイだと言うことは丸見えである。
「な、何故解った!?」
「何年一緒にいると思ってるっちゃ。明日は決勝戦だからお酒は控えるっちゃ」
何年も一緒にいなくてもそんなことわかるというツッコミは無しである。
ちょっとだけとあたるはねだろうとしたが、ラムのはもうすでに別のことで頭が一杯であるのが直ぐに解った。
あたるは酎ハイをテーブルに置いた。
「本当は何を話に来たんだ?」
ラムは一瞬困った顔をしたが、直ぐに表情を悲しみに戻した。
「ダーリンは・・・」
ラムは口を開いたと同時に、手を腹の前で軽く組んだ。
「なんのために・・・、甲子園に行くつもりだっちゃ・・・」
「そりゃあ、決まってんだろ?親父さんのため、亡くなったおばさんのため、そしてお前のためだよ・・・」
悲しい表情に少しの笑みが加えられたが、それでも悲しみの度合いは変わっていない。
「今日、彰にあったっちゃ・・・」
「彰に?あいつがなんか言ったのか?」
「甲子園は自分のための場所・・・、人のための甲子園は夢でも何でもないって・・・」
あたるはなぜかはっきりとしないショックを受けた。
「ダーリンは何のために甲子園を目指してるっちゃ?」
「それは・・・。そんなこといったってお前のために甲子園に目指してるのは変わらん・・・」
「だったら、いま、夢は甲子園に行く事って自分で思えるっちゃ?」
あたるはそれ以降の答えを出すことはなかった。その沈黙の中に外の蝉の声が大きく響き渡っていた。
わずか、数秒であたるの心は何処か不安げな気分になった。



PART3「【最初の夏ですよ】」
あれからあたるは甲子園を目指す理由を見つけられなかった。しかし甲子園を目指す意志は変わらない。
それだけがあたるを支えてきた。
朝日があたるの部屋に差し込んできた。昨夜、カーテンを閉めたはずだが、完全に閉めたわけではなかったらしい。
その日差しに寝ていたあたるの閉じた目が開いた。あたるは手で日差しを遮ると静かに体を起こす。
「・・・」
そしてそのまま外を見た。雀が朝の静けさをちょうどよくしていた。

白井家
「行ってらっしゃい」
玄関先で靴を揃えていると、コースケの母が台所から顔を出した。
「それだけ?」
「なにが?」
「今日は決勝戦だぜ?他に言うことはないんか?」
すると母はやさしめの笑顔でコースケに行った。
「そうね。なんかいつもと変わらないからいつもの調子で・・・。いってらっしゃい」
コースケは少し呆れた。しかしそれ以上は突っ込まず、玄関のドアを開けると後ろざまに右手を挙げた。
母の目には日差しの中のコースケが格好良く見えた。
「がんばってらっしゃい」

メガネ家前
「私は・・・、いま、此処三年間、青春という名の時の流れを必死にせき止め、野球というスポーツを追い続けたその成果をいま
 は百二十分に発揮しようとしている。どんなにこの日を待ち続けてきたことか!三年間、女性という楽園の天使のような
 存在からも目を背き続け、只必死に白く小さなボールを追ってきた。それが私の心に情熱という名の炎を大きくしてきた。それは
 少しずつ大きく、濃く、速く、激しく、美しくなっていき、心の中にいまこの炎だけが渦を巻いている!そして今日、その火は一気に爆発する!
 この炎はたとえ、フェニックスでも現すことは出来まい!私の炎は神の力を凌駕し、そしてついには不死鳥の如く舞っていくことだろう!
 ああ、我が人生のおける喜びと苦難を乗り越える奇跡よ、我を・・・(以下略)」

友引商店街
此処に弁慶と牛若丸とような体型の2人が最後の決戦の前の練習と向かっていた。
「・・・」
「・・・」
2人とも緊張のせいか、黙り込んでいる。昨年の同じ日、一刻商の罠に掛かったあたるがルパという重荷を捨てきれず
まさかの大逆転負け・・・。九回を投げた竜之介がマウンドで蹲るのが、強烈に印象に残った。
「今年は・・・、大丈夫だよな」
先に口を開いたのはチビだ。
「た、多分な・・・」
カクガリは平静を装おうとしているが、不安は隠せない。
「でも・・・、二度あることは三度あるって・・・」
チビの言葉にカクガリも返す言葉はなかった。2人は再び沈黙した。朝の商店街はまだ開いている店は少ない。しかもそのほとんどが準備中だ。
その静けさはカクガリとチビの不安をかき消すことは出来なかった。
「安心しろ、そう言うことはまだ一度しか起きてない。三度目を心配する必要はないぜ」
2人の後ろから腕を組んで、本屋のシャッターに寄っかかるパーマがいた。
「パーマ・・・」
「なんだ、なんだ。そろいも揃って陰気くさい顔しやがって・・・。そんなんじゃ、甲子園は招待してくれないぜ」
パーマはカクガリとチビの前まで歩いて来ると、2人の頭をポンと軽く叩いた。
「甲子園は見てみたいんだよ。ウチのエースと四番の実力を・・・。豪太刀との激戦をな」

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