高校野球編:最初の夏・最後の夏(後) (Page 1)
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高校野球編:第三話 最初の挑戦・最後の挑戦(後)


PART1「【それだけだよ】」
約一年前
しのぶと喫茶店で別れた後、あたるは迷っていた。野球部復帰を誓ったものの、ルパがそれを本当に許してくれるのか。
あたるはこのことが心配だった。無論ルパはそう願っている。しかし、あたるはそのことを知っているはずがない。
食い違っていて欲しい。以前ルパが言ったことと本当の気持ちが食い違っていて欲しい。あたるはそう願っていた。
(黒川さん・・・、あなたを越えたい。あなたのプレッシャーを乗り切りたい・・・)
あたるは空を見上げた。いつの間にか昼間だ。太陽が強く照りつける。
「・・・」
あたるはその太陽を眩しいながらに見た。そして、その中に友引ナインが見えた。
(行くか・・・)

黒川家 門前
黒川の表札をみて、あたるは手を握った。手汗がじんわりと手に感じてくる。そして、ゆっくりとチャイムのボタンを押した。
ピンポーン・・・
その瞬間、もう後戻りが出来なくなった。そして、ガチャっとドアが開いた。そのドアを開けたのはルパだった。
こういうとき、どういう表情をすればいいのだろう。あたるはとりあえず、視線を合わせることだけに精一杯だった。
「・・・」
ルパはフッと笑ってドアをもっと開いた。
「入れ・・・」
ルパの言い方は何処か優しかった。そんな声にあたるは少し驚いた。

ルパの部屋
車いす生活になってからルパの部屋は一階に移されたらしい。和室を使用しているため1人部屋にしては少し広い。
それでも家具用品が和室を個人部屋にしていた。
「・・・」
あたるはルパの部屋で何かそわそわしている。やはり落ち着かない。この部屋には何度か入ったことがあるが、こんな緊張しながら入ったことはない。
因みにルパはいまジュースなどの飲み物を持ってきてくれるらしい。あたるはアルコール類が飲みたかったようだが・・・。
「待たせたな」
ルパが盆を片手にドアをゆっくりと開けて部屋に入ってくる。あたるの前のテーブルにそれを置くと、あたるの正面に座った。
「で、俺に何のようだ?」
「い、いえ・・・、あのその・・・」
ルパはあたるが何が言いたいのか、大体見当がついていた。なかなか言い出せないあたるに軽く溜息をつき、口を開いた。
「野球部に戻るのか?」
「は・・・、はい・・・」
あたるは一度もルパと目線を合わせようとしない。ルパは微笑んで見せた。
「言いたいことはそれだけなのか?」
「はい・・・、あ、いや・・・」
最初は戻ることだけを言うつもりだったが、つい勢いで否定する言葉が出てしまった。
「じゃあ、一体何なんだ?」
ルパは半分からかっていた。しかし、当たる本人に言わせるべきだと言う思いもあった。
「言ってみろ」
ルパはあたるをせかす。
「いや・・・、あの・・・。良いんですか、俺なんかが友高を甲子園に連れて行って・・・」
「いいんじゃない?」
ルパはさらりと答える。あたるはヘッと心の中で思った。
「お前、そんなこと気にしてるのか?」
ルパは明るい顔で言う。ルパはジュースを一口飲んで、コップを勢いよくおいた。
バンッ!
この音にあたるはびっくとした。何かと緊張しているせいか些細なことが怖く感じている。
「あたる。もっと、身勝手になってみろ!お前は顔に似合わず、人のこと考え過ぎなんだよ!その顔に合うような自己中な性格になってみろ!」
「そんな、俺は人のことなんか考えてませんよ!ラムにだって迷惑かけまくってるし・・・」
「でも、涙を流させたことはあるか?人に心底悲しい涙を流させたことはあるか?」
「いや・・・、そこまでは・・・、行ってませんけど・・・」
あたるは嘘を吐いた。一度だけラムを泣かせたことがある。先日の友引高校決勝戦の最後の言葉がラムを泣かせてしまったことがある。大粒の涙と共に・・・。
「だったら良いじゃないか?」
「で・・・、でも・・・」
ルパはふうと溜息をつく。
「もう一回言うぞ、もっと身勝手になって見ろ!」
「・・・」
あたるは納得出来なかった。その身勝手のせいでラムを泣かせてしまった。今更身勝手なんかになれない。
「は、はい・・・」
一応形だけの返事をした。



再び、球場
「ストライーク!バッターアウト!」
レイが三振した。先ほど点を取るのに大きく貢献しただけにあって周りの期待は高かった。しかし、それを一刻商が妨げた。
『先ほど、二塁打を打った鬼木ですが、やはり相手は一刻商エース大山!三振です。これまで九コの三振を取っています!ツーアウトランナー無し』
「くそったれ・・・」
親父が苛立ちをあらわにするが、レイは無表情だった。ただ瞳の中に炎が見えるような気がした。
「それから、俺はルパさんの言ったことは気にしないようにしてきた。今年になって少し明るく振る舞ってきた」(あたる)
「でも、その言葉の意味が分かった・・・」(ラム)
2人の会話は続く。
「・・・」
ラムがあたるの心を見透かしているようにいう。あたるはフッと笑って続きを話し始める。

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