高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 2)
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一球目を投げた。相変わらずボールの速さは絶好調に見えた。しかし、制球は絶不調になっていた。ボールは大きく右にそれ、コースケは慌てて、
ミットを右にずらす。
スパーンッ!
何とかコースケのミットに納まった。ボールがミットの中で火を噴いているようだった。
「ボール!」
今度はコースケが苦しむ。ミットを右にずらすべく体を右に向け、それにより急激に右足に負担が掛かったものだから、
右足にもどうしても体重が掛かり、それが悲鳴を上げた。
さらに声に出して苦しめばタイムが掛かり、下手したら病院行きという事態にもなりかねない。コースケは耐えた。歯を懸命に食いしばる。
痛みが治まらないウチにコースケはあたるにボールを投げかえした。
あたるはコースケの事態に気付かなかった。ただ、イライラしてあたるもまたどんよりペースにはまっていた。
第二球。今度はまともに行った。しかし、そこのバットが大きく弧を描きながら突っ込んできた。そのバットを見たあたるは本能的に確信した。
(打たれる!!)
しかし、そう悟ったところでどうにもならない。投げ終わって片足状態になったままあたるの頬から汗がしたたり落ちた。
キィーン!
『これは行ったかァ!!?』
ボールは右方向へ弾丸のように飛んでいく。まるでその方向に吸い寄せられるように勢いを落とすことなく、ホームランかファールかよく解らない。
そんなこと知ったことかといわんばかりにボールはもの凄い回転をしていた。
しかし幸運にもぎりぎりホームランにはならなかった。
『ファールです!これは危なかった、諸星。大きく溜息をついております!』
溜息で吐いた息が左手にあたって熱いのが感じられた。グラブの中が汗でしめっている。体中から汗が噴き出て、それがユニホームにしみこむと更に気持ち悪い。
あたるはグラブで二、三回扇いだ。わずかな風でも汗でびっしょりならひんやりする。しかし、心はいらつきに熱かった。
二球目を投げた。力一杯投げた。というより、イライラして人を殴るような感覚でボールを投げたと言った方が良いのかもしれない。
スパーンッ!!
今度は空振りのストライクだ。しかし、それでもイライラは納まらない。
(早めに片づけて、ベンチに帰ってスポーツドリンクを飲んで、汗吹いて・・・)
それ以上考えるのを止めた。それ以上考えたところでまだ九回が残っている。それを考えると更にイライラするのは自明の理だった。


ベンチの方でラムがあたるの表情におそれと不安を心の中で抱いていた。
「・・・」
ただ、じっと苛立っているあたる見つめるだけで、スコアブックに書き込むことも忘れている。そのうち、ペンが右手から離れてスコアブックに
落ちるとそのまま転げ落ちてコンクリートの床にころころと音を立てて転がる。
しかし、そんなことに構っていられないと言うようにラムは首一つ動かさなかった。
「また・・・」
ラムがそう呟いたのに親父が返事をする。
「また?」
「今年も甲子園行けないの・・・」
ラムの心の叫びがやっと具現化して出た言葉がこれだけだった。
「いや・・・、行かせる。あいつのために、絶対に・・・!」
あいつ・・・。それは一体誰を指すのか、ラムは何となく分かったが、それが本当にあっているかはまでは分からない。
ラムは暫く親父の顔を眺めてから落ちたペンを取ってスコアブックを付け始めた。その手は何故か小さく震えていた。

「・・・」
ルパが黙っていた。別に怒りというものや不安という物が感じられない。しかし嫌な気分だ。
面堂は昨年と違う友高ナインの苛立ちの原因を懸命に探していた。
なぜあたるのコントロールが悪くなるのか、先ほどタイムが掛かったがコースケは大丈夫なのか。
その原因をじっとマウンドのあたるから見いだそうとしていた。
「やはり、奴らは予選止まりのチームなのか・・・?」
温泉が沈黙を破るように口を開いた。面堂は何も声を出さずに目だけでその言葉の意味を求める。
「友引高校は一昨年からなぜか問題が起こる・・・。一昨年にしても、去年にしても・・・」
ルパは一昨年と去年の敗因が自分にあることを意識せざる終えなかった。あの日、風邪を引いていなければ、病院に行かなければ、事故も起こさず
今頃は後輩達の懸命な姿を微笑ましく見ていられただろう。しかし、運命の歯車が少し狂っただけで、全てが崩壊してしまった。
あたる達は崩壊した歯車を治そうとしているのだ。しかし、それは大きな重みとなり、嘲笑するかのように再び崩壊する歯車。
崩壊した歯車に一度は倒れ、そして再び立ち上がったあたる。そのあたるにとどめを刺すかのように今再び歯車は壊れようとしている。
「何故、こうも友引高校は運命の歯車に嫌われているのか・・・」
(運命の歯車が友高を嫌ったのは俺のせいなんだよ・・・)
ルパは体をぐったりと前に丸め、背中が弧を描いていた。そして頭が力無く垂れた。
カキン!

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