高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 5)
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「俺は五代さんの次を任されていたが、他にも力のある三年生はたくさん居た。それなのに当時二年だったおれが二番手だった・・・。
 その時の気持ちは今のお前と同じなんじゃないかと思う・・・」
彰は少し大山の話に興味を持ち始めた。大山の顔を横目でちらっと見た。
「結構辛かった。レギュラーにもなれなかった、甲子園の土を踏むことすら出来ない三年生でいっぱいだったんだぜ。スタンドで応援の指揮を執っている三年生を見ると
 なんだか哀しくなってな・・・。それで自分がそう言う気持ちでプレーに集中出来ないって監督に言った。そしたら監督なんて言ったと思う?」
「・・・」
彰は答えなかったが、目で何て言ったのかを訪ね返した。大山はそれを確認して答えを返す。
「『三年生にとって今願っていることはなんだ?』そう答えたんだ」
彰は下を向いて、その監督の答えを自分でも考えてみた。
「俺は一晩中考えて、それでも解らなかった。その翌日、甲子園の二回戦で、五代さんが風邪引いて投げられる状態じゃなくて俺が先発になったんだ。
 緊張する俺に言ってくれたのが五代さんだ・・・。『最後の夏なんだ。三年生にも良い思い出でもを作ってくれ』ってな・・・。勝てとも緊張するなとも言わなかった」
その後大山は彰の目を見てその意味が分かったかと目で訴えた。彰はその目の中にまた別の物を感じることが出来た。
「・・・」
彰は何も答える事もなく、そのままグラウンドを見た。
「お前がいないと・・・、大山さんは打たれていた。お前が頼もしいから安心して投げられるんだよ」
彰は衝撃的な何かに心を打たれた。それは何かいい気分だった。




PART3「【その通りだ】」
『さあ、ついに最終回。この回の表は一刻商の攻撃!バッターボックスは五番の岩山!』
(五番か・・・。彰の打席はもう回ってたのか・・・)
あたるは彰とあたっていた。彰の打席はフェンスぎりぎりのセンターフライだった。もし、ライトかレフトに飛んでいたら飛距離的にホームランだったかもしれない。
(どうせならノックアウトされるまで打ってくれても良いのに・・・)
あたるはそう思いながらも、頭の中にはセンターフライのシーンは入っていなかった。いや、八回の事については何にも覚えていなかった。
「幸運と言うべきか・・・。不運と言うべきか・・・」
あたるは帽子を取って、右腕で顔面をなぞるように汗を拭いた。そして帽子を深く被ると右手の手の中にあるボールを見た。
「あたる!この回は三者凡退におさえい!そうすれば土たん・・・」
メガホンで叫ぶ親父の声がフッと聞こえなくなった。
ドクン!
さらに心臓の鼓動のような音がした。すると、今度は観客の歓声、応援の音が消えた。シーンと静まりかえっているのである。視界ははっきりしていて
スタンドを見ると懸命な応援姿が目に映る。しかし音はない。聞こえるのは自らの荒い息の音と微妙な空気の流れの音だけだ。
(聴覚の障害か・・・?いや、俺の息の音は聞こえる・・・。なんだ?)
今度は暑さが消えた。フッと体にたまっていた疲れも取れるような感覚だ。
(なんだ、なんなんだ!?今度は体が消えるような・・・)
自分の存在がマウンドから消えていくような、自分が魂だけになって試合を見ているような孤独感さえ感じていた。
振り返ってバックスクリーンの時計を見た。三時十五分くらいだ。そして、その時計までもが見えなくなって、回りが闇になった。真っ暗な空間に1人取り残されていた。
しかし、不思議と恐怖や不安はでてこなかった。ここにいるのが当然というような心境だ。その真っ暗闇の中でフッとラムの姿が映った。あたるをジッと哀しい目で見つめている。
「ラム!」
声を呼びかけるが、ラムは背を向けてゆっくりと闇の中に消えていった。あたるは追いかけようとしたが、その前に闇の中に消えていく。
「ラム・・・」
「あんた・・・、この子を泣かせる気か?」
あの声だ。あの大人びた女性の声だ。しかし、あたるは懐かしく感じた。小さい頃こんな声を毎日聞いていたような気がする。驚きと共に懐かしさもあった。
「だ、だれだ!?」
あたるは闇の中を上下前後左右を何度も何度も見回した。しかし、声は何処からも聞こえてくるし、一方的にも聞こえてくる。
(なんだ、この懐かしさは・・・)
「あんた、この子泣かせるんかてきいとるんや!」
その懐かしさをうち消すように声に少し怒りが感じられた。と言うより、脅かしのようにも聞こえる。
あたるはその声を聞いて辺りを見回すのを止め、とりあえず、適当な方向に体を向けて答えた。
「な、なんで、おれがラムを泣かさにゃならなんのだ?」
強気の姿勢を見せようとしたが、効果はなかった。明らかに精神的に後ずさりしている。
「そやかて、あんたまた回りが見えておらへんやん。去年だって、ルパの面影につぶされて、回りのことも考えずに退部して・・・」
「あ、あれは・・・、その・・・」
「なんや、周りが見えてたとでも言うんか?」
「・・・」

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