高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 3)
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一刻商バッターが打った球はファースト・メガネの方へ転がっていった。メガネは暗い表情ながらも、しっかりとボールをキャッチし
ファーストカバーに入るあたるにボールを投げた。
「アウト!」
このあと、何人かランナーを出したが、なんとかスリーアウトを取りあたるは上下に揺れる肩と共にベンチに帰ってくる。汗がコンクリートの床に何滴も落ちた。
床に落ちた汗が眩しい太陽の光に反射して光っていた。そしてそのうち蒸発していった。
「最後の夏やあらへんの?」
あたるの耳に大人びた女性の声が聞こえてきた。あたるは回りを見渡すが誰の声もない。唯一近くにいる女性はラムだけだが、
まだ幼さの残るその声をどう変えたってあの声は出せるはずがない。あたるはイライラしながらもその声の主を捜した。そして、心でその声に質問する。
(だれだ、あんたは?)
しかし、その返事は返ってこなかった。空を見回すようにしてそれからあたるは自分の両手に置かれているグラブをじっとみた。
(最後の夏・・・)


PART2「【お前が居ないと・・・】」
「六番、レフト大岩君」
この男だけは違ったかもしれない。唯一この試合打点を上げている、しかもホームランを打った。
例え、カクガリのことを嫌いでも期待は彼に集中する。
一球目。自信と勇気から彼は選球眼は異常に発達していた。わずかにストライクゾーンから離れただけで、彼のバットは止まった。
(行けるかもしれない・・・)
カクガリは信じられない程の自信に満ちあふれていた。
「かっ飛ばせェ!大岩ッ!かっ飛ばせェ!大岩ッ!!」
自然に吹奏楽部の音楽の合間に声を張り上げる友引高校応援団のボリュームは高くなる。彼なら打てる。大半がそう思ったであろう。しかし、
発達しすぎた選球眼が逆に仇となった。審判とて万能ではない。バッターからボールに見えても審判にはストライクにしか見えないときもある。
偶然それが重なった。
『見逃し三振!』
三振をとっても彰は表情一つ変えなかった。その三振は記憶に残されないかもしれない。カクガリがバッドを地面にたたきつけても彰には何も見えない。
ただ、呆然とキャッチャーの構えるミットに向かってサイン通り、変化球なら変化球を、直球なら直球を投げるコトだけに懸命だった。
自信は一気に無念へと変わった。まるで、いまの心状態が顔に出たかのようにその表情は暗かった。その暗い表情が暗い表情をする友引ナインの中にとけ込んで、
目立たなくなった。その中で唯一、負けるかもしれないという考えを持たなかったのが、コースケだ。足の痛みでそんなこと考える余裕がないのか、はたまた
諦めていないのか。
キンッ!
快音が響いた。何処からだろうか?バッターボックスからだ。そこから走り出していたのはメガネだった。ボールはテンテンと鈍足ランナーが走るように
一二塁間を抜けていき、ライト前ヒットとなる。
しかし、喜んでいられなかった。その当たりが偶然飛んだ方向が良かっただけで、ぼてぼての速さだったし、喜ぶ気分にはなれないのだ。
友高応援団が唯一、そのメガネを祝福していた。
「八番、サード上谷くん」
パーマも無表情だった。簡単に素振りをしたり、バットで靴の裏をこんこんと叩いたりしているが、その表情にも灯りが一つも見えない。
友引高校は闇の高校かと思わせるぐらいの雰囲気だった。もはや、何も考えることの出来ない。
なにも考えずに振ったバッドは外の方でボールを叩いた。その瞬間、手に衝撃が走りパーマは痛がった。しかし、ボールは前に飛んでいる。走らなくてはならない。
ボールはテンテンとサードの真正面にとんとんと飛んでいった。そして、メガネの走るセカンドへボールが投げられる。メガネは必至のスライディングを試みたが余裕のタッチアウトだった。
メガネのスライディングをジャンプして避けたセカンドはその体勢から一塁へ送球。パーマが全力でファーストに走り込んだ。しかし、間一髪アウトだった。あと、半歩及ばずというところだ。
「セーフ!」
「は?」
「へ?」
審判が両手を目一杯拡げて、セーフを主張するように叫んでいるのに友引ナイン、とくにパーマは驚いた。
『なんと、ファーストの足がベースから離れています!これはセーフ!』
「これは負けゆく者達が最後に描くもがきという奴か・・・」
メガネはベンチに戻りながらそう呟いた。
『ツーアウトランナー一塁!次のバッターは小山内!』
「タイム!」
友引ベンチから親父の声が響いた。そして親父は自らチビに歩み寄り、チビもまた親父に歩み寄る。
「なんでしょうか?」
元気のない声だ。
「ええか、チャンスや。得点するチャンスや!」
チビはおどろいた表情を見せた。半ば諦めていたのにこの親父はいまだ諦めていない。一刻商からしてみれば、しつこい感じだ。
「で、でも得点するチャンスはもう・・・」
すると親父はチビの胸ぐらを掴んで目一杯顔を近づけるとまさに鬼のように低くドスの利いた声で言った。

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