高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 7)
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「去年も同じような事言ってたな。けど、俺のおかげって事も忘れるな」
「三点もとられて載るかよ」
「そ、それは・・・、非常事態・・・みたいなもんだ!」
コースケはあわてふためきながら懸命にいいわけをするあたるをみて少し笑みを浮かべると、背中を見せながらあたるに言った。
「甲子園で、その仮は返せよ」
あたるはコースケをにらんで言い返そうとしたら、再びコースケが口を開いた。
「お前、まさかとは思うが、一刻商のバッターをできるだけ歩かして、彰と勝負しようなんて考えてないだろうな?」
あたるはボールを手の上で遊ばせながらコースケから目線をそらした。ボールを見てそのあと、コースケを見た。
「そんなことねえよ」
その言葉を聞いたコースケは少し疑いながらも、口元に笑みを浮かべながら戻っていった。
コースケは正直早く終わらせたかった。足の痛みが次第に増してきたのだ。あたるに見えないように足を押さえながら、
試合が終わるまで保つように膝に呼びかけた。



PART4「【目が覚めたら・・・】」
「多分、もう大丈夫だろう」
ルパがいきなり口を開いた。それと同時に面堂、温泉がルパに視線をゆっくりとずらした。
「その根拠は?」
ルパの自信に満ちたその発言に面堂もどこか安心した口調で聞き返した。
「根拠?そんなものははじめからないさ。ただ、そんな感じがするだけだ」
「いい加減なもんですね」
「そんなもんだよ。いい加減だからあいつはあいつでいられるんだ」
面堂はきょとんといた表情をみせた。その表情をみたルパは少し苦笑して軽く咳払いをした。
「いや、あいつにちゃんとした事が通じるか?あいつの心はいい加減だからあいつらしさがあるんだ」
面堂は訳がわからなかった。しかし、これ以上聞き返すのも失礼と考えたのだろう。面堂は軽くうなずいて意味をわからずしてその会話が終わった。
ワァァー!!
歓声が上がった。その歓声に合わせてルパたちが一気にグラウンドに視線を移した。またしてもあたるの豪快な三振である。
三振の豪快という言葉はあまりないが、あたるの三振はそれに値するものだった。
『三振!再び調子を取り戻した諸星は誰にも止められません!!』
あたるは三振を当然のような顔をしながら、ため息をついた。やはり自分の中でライバルと意識している者からの三振の方が喜べるというものだ。
(今三振したのが六番・・・、彰は四番・・・。彰と勝負するには六人を相手しなければならない・・・)
自らの右腕を見てみた。力をブランとさせてみるとじわ〜っと疲れが広がってくる。
(やっぱりきついよな・・・)
彰をちらっと見ると何か監督と打ち合わせでもしているのであろうか、監督がジェスチャーをしながら説明し、彰は時々うなずきながら
その言葉を一言一言聞いているようだ。あたるはふっと笑ってバッターボックスの方を見た。
「七番か・・・」
ぼそっとつぶやくと一球目を投げた。相変わらずの剛速球はビュンと音を立ててあっという間にキャッチャーミットに収まった。
「ストライーク!!」
この叫びはあたるは好きだった。あと、それにバットが空振りしてくれれば、もっといいのだが、残念ながら振ってはいなかった。
もっと欲を出せば、バッターボックスには彰、もしくは面堂がたっていてくれれば自らの拳を空に高々と見せつけたかもしれない。
しかし、そんな都合のいいことが滅多に起こる者ではない。第一、面堂や彰からストライクをとれるかどうかも解らないのだ。
(ま、いいか)
あたるは心の中でそうつぶやいて、ゆっくりと再び振りかぶった。
しかし、そのときあたるは大変なことが起きようとしているのに気づかなかった。あたるはコースケの右足に限界が近づいているのだ。
マスクの下でコースケの頬や鼻に汗が滝のように伝っていた。もはや、汗を意識できないほどに足が悲鳴を上げている。
(もう少し・・・、もう少しだけ耐えてくれ!)
スパーン!!
無情にも再びミットをはめている左手を先頭に体中に衝撃が加わる。その衝撃は生半可なものではない。足にもその刺激は伝わり、体中に強烈な
痛みが走った。
「クッ!」
誰にも、審判にもバッターにも、そしてあたるにもこの声を聞かせたくなかった。聞こえれば、必ずタイムがかかる。その瞬間、自らの気持ちは一気に解放され
痛みに耐えきれずのたうち回るだろう。そして足を調べられ、病院送りは決定的なものになる。
コースケは懸命に耐えた。その傷みは半端なものではない。今すぐ失神してもいいほどの激痛だった。
それでも、ボールをあたるに投げ返し、大きな吐息をはいた。
もはや、目は死んでいた。意識が少しずつ遠のいていく。視界が暗くなり、何を考えてよいのか解らなかった。今にも視界の中から消えてしまいそうな
あたるが振りかぶっていた。コースケの目の前に最強のエースがいる。記録更新も考えられるほどの速球とずば抜けた体力の持ち主だ。
意識があるぎりぎりのところまで、今更ながらそんな事を考えていた。

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