高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 4)
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「負けたいんか!わいはそんな奴を指導した覚えは十年の監督生活ではおらへんぞ!お前が第一号になるんかい!?」
それにチビは恐怖と共に少し気も楽になった。
「第一号になりたいんかいと聞いとるんや!」
「い、いえ・・・」
「よ〜し」
すると親父はチビの方にポンと軽く手をおいて言った。
「打たんかったら殺す!」
チビはひ〜っと言わんばかりに、顔中から汗が出た。そしてそのうち青ざめ始める。
「ええな!」
とどめなのであろう。親父は最後にドスの利いた声でチビにいう。同時にチビの右肩に置いていた左手に力を込めて握った。その痛みにチビは思った。
(打つしかない、打たなかったら本気で殺されかねない!)
と、親父の顔から目をそらせないままそう思った。

「何も監督が行かなくても・・・」
他の暗くて一言も喋らないナインの中で唯一まだ諦めていなかったコースケは、チビへの指導が終わり、ベンチに返ってくる親父を見てそう呟いた。
ベンチに足を踏み入れた親父は暗黒街にでも足を踏み込んだかのような雰囲気にあきれ果て、怒る気力も無くなった。
「はぁ〜」
仕方ないと言うような溜息をつく。溜息をつくと今度はあたるを見る。何やらグラブをずっと見つめたまま全く動かない。
「チビに何言ってきたんですか?」
視界の中のあたるを隠すように目の前にコースケの横顔が現れた。親父は直ぐさま意識の方をコースケに向けて口を開いた。
「打たんかったら殺すゆーてきた」
「コレはまたわかりやすいこと・・・」
心の中で脅しだろとツッコミを入れながらもあえてそれを口に出さなかった。今の親父は諦めてはいないものの精神的にやはり追いつめられている。
いまさらそんなこと言ったってどうしようもないし、脅す以外方法がなかった親父にそれを言うのは酷だと思ったのだ。
「ところでどうや、足の具合は・・・」
「ん?知ってたんですか?」
「何言うとるんや。ラムはお前とも幼なじみなんやで。お前の事は昔からよー知っとるし、性格もわかっとる」
「はは、そこまで言われたら言い訳出来ませんね」
そう言ってコースケはズボンの上から膝当たりを手で押さえた。違和感を覚えた時と違って今度ははっきりとした痛みが感じる。それも何か手で膝を覆っている感覚がない。
コースケは少しいたそうな顔をしたが、直ぐに表情を元に戻して親父に視線を合わせる。
「少し痛いですね」
(嘘や!)
親父は心のなかでそう思いながらもコースケをここで退場させるわけには行かない。無理にそうしても逆に暴れかねないのがこの男だ。それに最後まで出られなかったことを激しく
後悔するだろう。彼はそう言う性格なのだ。
「そうか、無理せんとほどほどにいきぃ・・・」
「解りました」
コースケは背中でそう言って、グランドへ出ていく。親父にはその背番号「2」が痛々しく見えた。
キンッ!
チビだ。ボールはころころとサードとショートの間をゆっくりと飛んでいった。サードはとれなかったがその後のショートがダイビングキャッチをしてみせた。
慌てて、起きあがると二塁へ送球アウトだ。
一塁へ必死に走っていたチビはベースを踏む直前に立ち止まった。平然と帰っていく一刻商ナインを見ながら、ゆっくりとベンチに戻っていった。

チェンジをして、いち早くグラウンドに出たのはコースケだった。いつまでも1人だけやる気の絶えない彼が傷を負っていることに親父はただ痛々しく見ているだけだった。
あたるはずっと下を向いたまま、マウンドに歩み寄ってきた。コースケもマウンドに登り、その上であたるが来るのを待った。
「あたる・・・」
あたるはコースケに呼ばれて少しびくついた。ずっと、1人の世界に入っていたらしく、イキナリ現実に戻された。
「な、なんだ?コースケ」
「お前、イライラしてんな」
この言葉にあたるは心の底から怒りを覚えた。生まれて初めてコースケに恨みを持ったような気がした。
「なんだとォ!」
バッとコースケの胸ぐらを掴み、それを押し上げた。コースケの足の裏に掛かる圧力が少し弱くなる。
「イライラしてないなら、さっさと一刻商倒すぞ。お前言ったろ、俺がパーマとベンチで喧嘩したとき、相手は甲子園の名門チームではなく一刻商だって・・・」
少しずつあたるの力は薄れていき、半分つま先立ちだったコースケの足は全面がゆっくり地面についた。
そして、胸ぐらを掴んでいた手で今度はコースケを強く押した。
「・・・」
あたるは下唇を噛んでいた。

一刻商ベンチ
「お前、隠していた感情をついに表に出したな・・・」
先ほど降板した一刻商のエース大山がロボットのような冷たい表情の彰の横に座った。
「・・・」
彰は図星を疲れても返事する気力はなかった。いままで、今持っている悩みを誰にも喋らなかったのだ。あたるにそれを話したことで、一気に奈落の底に突き落とされた気がした。
「お前、去年俺が守っていた守備位置知ってるか?」
「ピッチャー・・・」
素っ気なく答える彰に大山は少し溜息をついた。

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