高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 1)
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高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話)




PART1「【これが最後だ・・・】」
『さあ、九回の裏、ワンアウト三塁で、三番の諸星!途中怪我で退場の白井の意志を引き継ぎ、そして初の甲子園をめざし、最後のチャンスに挑みます!』
あたるはバッターボックスに立った。バットの先端を片手で持って、グリップのところを見つめた。
「・・・」

ベンチ
「ん?コースケのバット何処行った?」
親父はふと軽い疑問の声をあげ、それにあわせて緊張の糸が切れたラムが慌てたように振り返った。
「え?」
「コースケのバットがないんじゃ」
「・・・」
ラムは少し考えるように腕を組んで、頭を軽く肩に埋めた。
「ダーリンのバットは?」
「あるはずないやんけ。あいつが持っていった・・・」
親父の手にはあたるのバットが握られたことに、持った本人とラムは驚きを顔全体に表した。そして直感的に悟った。
「まさか・・・!?」
あたるがコースケのバットを間違えて持っていった!それが親父の頭が導き出した答えだ。しかし、ラムはその意見とはほぼ180度違っていた。
わざとコースケのバットを持っていったというのである。
サヨナラのゲームをコースケのバットで決めたい。というより、コースケのバットでなければ打てないような気がするのではないか?ラムはそう思っていた。

あたるはスコアボードの上の時計をみて、その後から太陽の光が強く降り注いでいるのに目を細めた。
時計の針が試合開始の一時から四時近くまで回っている。この炎天下で戦う球児をこの時計は何度も見ていた。逆転サヨナラでマウンドの上で涙を流す背番号1を付けた者もいた。
また最後のバッターを打ち取り、喜び合うナインも見たことがある。ホームランを打って歓声を上げる応援団や三振アウトを取ると立ち上がって喜ぶスタンドの生徒。
大会最も注目された人物がたたきのめされる波乱も見ただろうか。
毎年別々の場所で行われる県大会。この球場での県大会は久しぶりだった。決勝を最も高い位置から見ることの出来る時計は甲子園の決勝を思わせる激戦を堪能していた。
しかし、甲子園の決勝はこんなモノではないはずだ、もっとすごい戦いがある、と思う者がいた。ルパである。
彼は、あたると面堂の戦いの結果が誰にもわからない事を誰よりも理解していた。その試合を観たい。
だが、彰はルパが小さいときから従弟ではなく弟のように可愛がっていたのだ。彼にも甲子園に行って欲しい。甲子園代表は各県二校でやって欲しいと最も思ったのはルパだった。
あたるは風がグラウンドの土を巻き上げ、視界を悪くしている中、彰を見た。彰も同様、舞い上がった土で茶色に染まる視界にあたるの姿を見た。
彼らは、それぞれの黒い瞳の中にある熱いエネルギーを絶やすことはなく、そのエネルギーはふたりの間のちょうどど真ん中で、見えない火花を散らしている。
だれもが、その花火に緊張感を持っていた。この勝負で全てが決まる。この次のコースケに代わって入った神岡が彰から打てるはずがない。逆に点が入れば、その次の回にサヨナラと
できる。どちらもがピンチとチャンスを目の前にしていた。
(コースケ・・・、見てるか?)
心で、今頃は怪我の治療を終えて病院のベッドで寝ているであろう親友に呼びかけた。あたるは、コースケにスタンドで応援しているかのように感じていた。
(お前のバット・・・、借りちゃっていいか?)
あたるはもう一度バットを見た。今度はグリップを両手で持って、縦にすると見えるバットの芯あたり。そこが少し汚れている。ここにバットが当たるとホームランである。
今まで、彼は何人のピッチャーからホームランを打ったのだろうか?
「頼んだぜ・・・、コースケよ」


彰はマウンドの上でジーッと右手の中にあるボールを見つめた。そのボールをキャッチャーに投げる楽しみを知っている1人だ。バッターを打ち取る事に楽しみを覚え、
接戦をより楽しむ性格の彼には相手があたるであることに不満足はしていなかった。しかし、ここで負けるかもしれないとここまで思ったのは初めてのことだ。
「相手が彼らとあっては負けるわけにはいきませんから」
マウンドに集まっている一刻商ナインの輪の中心で彰はそう呟いた。彰以外の内野は先輩なので、敬語がでるのか珍しくない。
「彼ら?相手は諸星あたるだけだぜ?」
「そうですよ・・・。ただ、白井さんとサヨナラにしたいと考えているんですよ、彼のバットを持ってね」
「・・・」
先輩達は無言で彰の言うことを聞いていた。そう言われると諸星あたるという男は前の打席とは違う、ふたりで1人というような雰囲気を漂わせていた。
「討ち取れるか?」
心配そうにする声を耳に入れた彰はフッと笑って見せた。
「打ち取ってみせます。甲子園制覇は一刻商の夢ですから」
そういうと、彰は自軍のベンチではなく敵軍のベンチのラムに目を向けた。スコアブックを片手に、頬から汗が垂れ落としていた。

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