友引町に哀しみの雨が降る (Page 1)
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ここは面堂邸内。この家の次期党首終太郎は、妹の了子の帰りが遅いことを心配していた。
面堂は自分の部屋でそわそわしながら、黒メガネの1人に、
「おい。了子はまだ帰ってこんのか?」
と何度も尋ねた。
しかし返ってくる返事は、
「はあ、まだ帰ってきておりませんが・・・間もなくかと」
と、こればかりだった。
4度目に問いかけたときも同じ返事が返ってくるばかりだった。
これには、仏の顔も3度までと面堂はとうとう頭にきた様子で、
「いい加減にしろ!!もうさっきからそればかりではないかっ!お前の間もなくとは一体いつなんだ!!」
と黒メガネに刀を突きつけて八つ当たりをした。
その男は、
「そ、そんなこと私におっしゃられても・・・い・・・いえ、申し訳ありません」
と答えるのが精一杯だった。
その時、ほかの部下が部屋に入ってきて、
「若、了子お嬢様がお帰りになられました」
と伝えた。面堂はそれを聞くや否や、刀をしまい了子の所へ急いで向かった。
時間はもう夜の9時を回っていた。とてもではないが、中学3年生の、まして女の子が帰ってくる時間ではない。
面堂が了子と顔を合わせると、了子は臆面もなく、
「あら、お兄様、どうなさったの?そんなところに突っ立って」
と話しかけてきた。それを聞いて面堂は、
「何が『どうなさったの』だ!こんな夜遅くに・・・子供の帰ってくる時間かっ!
一体どこに行っていたんだ」
と人に散々心配かけておいて、その態度は何だというふうな様子で怒鳴りつけた。
しかし怒鳴られた了子は悪びれたような素振りもせず、
「大正座にお芝居を見に行っていたんですのよ。昨日の夕食のときに申したではありませんか」
と淡々と答えた。
「ちょっ、ちょっと待て。芝居だと?だってあれは閉演は3時だろうが。何でこんなに遅くなるんだ?」
面堂が疑いの念を持って尋ねると、今日了子にお供した黒子の1人が、
「牛車の歩みは遅うございますからなあ〜」
と遅くなった理由を述べた。
面堂はそれを聞いてずっこけた後、
「またそのオチか!だからなんでもっと早い乗り物を使わんのだ!せめて人力車にしたらどうなんだ!」
と叫んだ。
一般人が彼のこの言葉を聞いたら、いや、それもどうかと思うぞ、今どき人力車もないだろうと言うに違いない。
ずっこけた後、面堂は気を取り直して、
「まあいい。ところで了子、お前、芝居見物には黒子を除いて1人で行ったのか?
それとも誰かと一緒に行ったのか?正直に答えろ」
と了子に尋ねた。了子は、
「まあ、お兄様ったら!まるで警察の取り調べみたいですわね。とっても面白そう!
それでは、私が正直に答えたら、今日の門限破りのこと、許してくださいますの?」
と、まるでアメリカの刑事裁判の司法取引めいたことを口走った。ちなみに彼女の門限は6時である。
面堂は、
「余計なことは言うな!いいからさっさと正直に答えろ」
といらだった感じで言った。すると了子は、
「そうですの。だったら私、何も答えたくありませんわ。第一、お兄様には関係のないことでしょう?」
と足下を見るように答えた。兄に許すつもりがないと分かるや否や今度は黙秘権の行使である。
しかし、面堂はこの行為を許さず、
「関係ないとはなんだ!!ボクはお前の兄だぞ!!妹が誰と付き合っているか知ることは兄として当然の権利だろう!!
・・・もう1度聞くぞ。お前は芝居を誰と見に行った?学校の友達か?トンちゃんか?それとも真吾か?
・・・お・・・おい、まさか諸星ではないだろうな!?おい!どうなんだ!?」
と彼女を詰問した。しかし、これでは完全な見込み捜査である。初めから彼女がほかの誰かと行ったと決め付けている。
了子は彼が勝手に慌てふためく姿が面白いのか、「黙秘します」の一点張りだった。
その様子を見かねた黒子の1人が、
「あ、あの・・・若、お嬢様は・・・」
と了子に代わって証言しようとしたが、面堂は、
「お前には聞いとらん!ボクは了子に聞いとるんだ。さあ、答えろ!諸星と芝居を見に行ったんだな!?そうだろ!!」
と、了子の自白を取るのに躍起になった。
しかし、これでは完全な誘導尋問である。はなっからあたるの存在を疑っている。
そんな兄の様子を見て、了子は冷ややかな薄笑いを浮かべながらさらに、
「あらあら、ずいぶん必死ですこと。ご苦労なことですわねえ、刑事さん!」
と面堂を茶化すように言った。その瞬間、面堂の平手が了子の右頬を打った。
了子はびっくりし、うろたえた様子で、右頬を押さえながら、
「な・・・何するのよっ!?私を拷問にかけるつもり!?」
と叫んだ。本当に取調べを受けている事件の被疑者のようである。目には涙が浮かんでいた。
面堂はそれにも構わず、
「子供が生意気言うなっ!!さっきから調子に乗りやがって。さっさと風呂入って寝ろ!
それと、明日から2日間、外出を禁じる!いいな!?」
と今度はまるで裁判官のように居丈高に言った。ボクがお前のルールだと言わんばかりの勢いである。

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