高校野球編:夢の場所・帰る場所(前編) (Page 1)
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高校野球編:最終話 夢の場所・帰る場所(前編)



PART1「【最後の夏・・・】」
友高ナインが絶望感に襲われたのは、彰のファインプレーをまざまざと見せつけられたからだけではない。
その後に問題があったのだ。回は七回。もしレイがホームランを打たなければ下位打線だけで得点するにはあまりにも難しすぎたのだ。
今日当たりにあたっているカクガリもいるが、次の打席で打てるとは限らない。
それだけではない。一刻商がポジションチェンジしたのだ。しかも、それがサード大山、ピッチャー彰なのである。
「疲れとる大山を甲子園まで休ませるーゆーことかっ」
親父が少し切れ気味の声を出したが、どうしようもない。これがルールであり戦略なのだ。異議を申し立てても
何をバカなことを、といってはねのけられるだけだ。しかし、それでも抗議したい気持ちは収まらなかった。
「五番、セカンド、鬼木君」
コールされたレイはバットを掲げ、それをじっと見た。このバットに彰のボールが当たることはあるのか?当たったとしてそれは
ヒットなのか?レイはそんなことを考えながら、バッターボックスに向かう。
投球練習を終えた彰が何か余裕のない顔をしているのにレイは気付かなかった。
(ピッチャー?俺が?なんで?二年生ですよ?エースは俺じゃないですよ・・・)
彰は半分混乱状態だった。自分と交代した大山が自分をどんな目で見ているのか、ベンチから三年生の冷たい視線が飛んでこないか?
そんな事を考えながらも、ピッチングは絶好調だった。というより、不調と悩む暇すら与えられていなかったのだ。
一球目、レイは早速バットを振った。しかし、ボールに掠りもしない。しかも、ボール球である。レイは正直驚いた。
(なに・・・)
普段冷静な顔で何事にも屈しないレイが久しぶりに驚いた。かすりもしない。それは大山に三振を取られたときよりも更に苦痛だった。
自分より野球経験が少ないであろうその男に三振を取られるなど、屈辱そのものだ。
二球目、完全に冷静さを失ったレイを討ち取るのはもはや容易かった。しかも、彼にはホームランを打たなければならないと言うプレッシャーもあった。
完全に落ちた。二球目三球目と、空振りの三振だった。レイは激しい責任感に襲われた。
(自分が打たなければどうやって彰から点をとる?打つしかないだろ?しかし、どうやって?あの彰からどうやって打てばいい?)
レイの頭の中には彰の攻略法しか考えてなかった。しかし、考えつくことが出来ない。
彰と友高ナイン、それぞれの立場はほぼ等しかった。責任という重さに耐えきれない。それが焦りを呼び、たまたま彰の方がわずかに上回っている。
それだけの差で友高は負けペースに陥った。
『三振!この回、一刻商は0点に抑えています!』
「・・・」
レイが沈黙と共にベンチに帰ってきた。ヘルメットを両手に持ち、そのヘルメットは強く握るレイの手によってキリッと言う音を発している。
イライラしていた。責任感とプレッシャーが今度は苛立ちという形に変化する。
そして、守備位置に向かうべくグラブを取った。左腕にはめようとするとすべって、手から離れバタッと床に落ちる。
床でわずかに揺れるグラブを見てレイは完全に頭に来た。落ちたグラブがレイを怒りの頂点までに押し上げた。
バンッ!!
レイは右足でグラブを蹴った。グラブはレイの右足の衝撃に押されてラムを襲った。いや、襲おうとした。あたるがラムの顔面にグラブが当たろうかというところで
咄嗟に左手を差し出したのだ。左手に当たったグラブはボロっと歯が落ちるかのように力無く地面に落ちる。
「何を考えている、レイ?」
あたるは静かに、そして怒りを全面に押し出して口を開く。その言葉にレイは黙るほか無かった。
「・・・」
「あやまりな」
「・・・」
レイは黙っていた。怒りの表情は今だ消えていなかった。息が荒く力の入った肩が上下に揺れる。
「謝れ!!」
レイが頭を真っ白にして蹴ったグラブがラムに当たりかけた事に対する怒りだった。ベンチによどんだ空気が流れた。
レイが唇を噛んだかと思うと力の入っていた肩がゆっくりと下がり、後悔の顔をした。
「すまない・・・」
そう謝ってレイはセカンドへバッと走っていった。その走り去るレイの背中をラムはただ黙って見るほか無かった。
あたるは自分をかばってレイに怒りをぶつけてくれたことは正直嬉しい。しかし、それでは逆にレイに更にストレスを溜めることには成りはしないだろうか?
そんな心配をしていた。

(くそ、これじゃ去年と同じではないか!柱が駄目になったとたん、暗くなりやがる)
そんなあたるもイライラしていた。マウンドに立つと右足を後に振り上げて、反動と共にその土を思いっきり蹴った。
マウンドの土がバッと蹴った方向に散ってその跡にはあたるの足の横幅と少し大きいぐらいの幅でえぐれている。
その、えぐれた部分を蹴った右足で回りの土で埋めるとあたるはバッターボックスを睨み付けた。

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