時は夢のように・・・。「第七話」 (Page 2)
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唯「く・・・首吊った?」
 今度こそ、本当に真っ青な顔で、唯。
 総毛立ったのは、逆に俺の方だった。
あたる「ち、違う違う! 首吊ってくれりゃいいのになー、って言おうとしたんだ! 死んでなんかいない! なんせ父さん、俺をさんざ急か
    した書類を自分で持ってたんだからな!」
 俺は立ち上がってわめいた。
 唯は、綺麗な顔に困惑の表情をのせて、こっちを見つめたままだ。
あたる「だから・・・その・・・間違いだったんだよ。父さんの勘違いだったんだ。」
唯「・・・ど、とういうこと?」
あたる「つまり、はじめから自分で持って行ってたってコト。」
 俺は溜め息をついて、続けた。
あたる「父さんさ、会社に到着してすぐに、大切な書類だからって金庫にしまったんだよ。ところが次の日だよ・・・あんな親父だろ?
    自分が金庫にしまったコトすっかり忘れてさ。家に忘れたと思い込んで、俺に持って来てくれって泣きついてきたんだよ。でも、
    俺が持ってった封筒をみたら思い出したみたいでさ、金庫の中から出してきて、『あったあった』って喜んでたよ。怒りや呆れ
    を通り越して、涙が出たね。ああ、なんでこんなバカタレと血が繋がってんだろ、って感じでさ。」
 情けない・・・。俺は頭をかいた。
 無言のまま、茫然と俺を見つめていた唯だが、
唯「よ・・良かったじゃない。おじ様。」
 やっとそれだけ呟くと、呆れとも安堵ともとれる表情を浮かべた。マンガみたいな出来事を受け止めかねているのだろう。
あたる「心配かけたかな・・? ごめん。ホラ、俺の父さんって結構ノリで生きてるところがあるから。」
唯「ううん、い、いいのよ。そのおかげで、私もここにいれるわけだし・・・。」
あたる「そ、そうかな? あははははーっ。」
唯「そ、そうよ。大事なくてよかったじゃない。」
 と無理に微笑んでみせる彼女だったが、その顔は、少し引き攣っていた。
 父さんの責任とはいえ、バツが悪かったので、俺も笑って誤魔化した。
 直後に起るトラブルなど知る由もなく、俺は笑い転げた。
あたる「うはははは・・・はは! そ、そうかぁ! 人間ノリだよなぁ!」

                              *
 玄関を上がると、なにやらいい匂いが鼻先を通り過ぎていった。唯が既に夕飯を作っていてくれたのだ。
 夕飯は、唯のお手製のビーフシチューだった。
 シャワーを浴びてスッキリした俺は、脱衣所を一歩出たところで、ビーフシチューのいい匂いに釣られた。
 匂いに引かれて茶の間までやってくると、唯がビーフシチューを取り分けているところだった。
 俺たちはテレビを観ながら、ビーフシチューをつっついていた。
 ブラウン管の向こうでは、大阪出身の二人組みお笑い芸人が、身体を張ったギャグをブチかましてる。唯はというと、笑いを噛み殺すの
に必死だったようだ。噴出すのが怖いらしくて、口のものを嚥下する時は、必ずテレビから目を離す。しかし、それでも耐えられず、たま
に口を押さえては、ククク、と笑いを漏らした。
 俺にとっちゃ、テレビより唯の素振りの方が笑いを誘ったんだけど・・・。
あたる「・・・でさ、唯ちゃんの出張の成果はどうだったんだい?」
唯「えっ?」
 皿に突っ込んだスプーンが、一瞬、ビクッと止まり、唯は顔を上げた。
 うわわ、一気にマジな顔になっちゃってる。
 彼女は、俯き加減で、俺から目線をずらすと、
唯「う、うん・・・今度、私が担当する結婚式はちょっと厄介で・・。式場が栃木県の那須高原にある、結構有名なステンドガラス美術館
  なんだ。で、新郎新婦と一緒に那須まで下見に行ったんだけど・・、新婦がね・・、私に相談があるって言うから、ちょっと聞いてあ
  げたら、『この結婚・・本当は・・したくないんです・・・。』って言うの、とっても苦しくて、やっと声に出したってかんじだった
  ・・。理由は、ドラマとかでよくあるお父様の会社の関係で、お見合いして・・政略結婚っていうの? 私、それを聞かされた時、すご
  くショックだった。本当にそういう結婚があるのに驚いた。それにしても、自分の娘を政略結婚させるなんて、信じられない! 娘の幸
  せを第一に考えるのがお父さんでしょ?! 娘さんが嫌がってるのに、それを分からない親なんて・・っ!! 新婦さんも新婦さんよ! 自
  分が嫌だったらハッキリと嫌だって言えばいいのに・・。・・私・・この結婚式、最後まで担当しなきゃダメかな・・・。」
 それから、ハァー、と苦悶のタメ息。
 聞いてるだけで、心苦しくなってしまう。
あたる「げ、元気出してよ。唯ちゃんは一人じゃないんだから、沙織ちゃんだっているんだし。」
唯「・・・・そうね。沙織ちゃんに相談してみようかな。沙織ちゃん、頼もしいところあるし。」
 唯は笑ったが、その笑顔は、弱々しいものだった。
 俺は、ゴホン、と咳払いし、

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