時は夢のように・・・。「第七話」 (Page 7)
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唯「だって、何度でも行きたいでしょ? 季節の変わった頃に行くと、また違った京都の顔が見えてくるもの。・・それに評判の和菓子も買
  えなかったし・・・。」
 ちょっと口惜しそうな唯。
 実際、二人はこの前のゴールデンウィークに京都に行っている。その頃は、まだ今みたいに打ち明けた仲じゃなかったし、まさか女友達
同士の旅行についてけるはずもなく(ホントは無理矢理にでも行きたかったけど・・。)留守番役だった俺へのお土産は、『えんむすびお守
り』と『金魚鉢の風玉』がラムからので、『KYOTOのバスタオル』『日本刀のキーホルダー』この二つは沙織ちゃんだったっけ、『う
さぎと金魚の匂い袋』と『よーじやの油取り紙と手鏡のセット』と、あとは八つ橋とか・・お菓子の数々は、唯からだ。
ラム「和菓子って・・・どら焼きだっちゃ?」
あたる「あー、あの、前に唯ちゃんが言ってた『笹屋伊織』の?」
唯「そっ、竹の笹で包まれたやつ。こーんなの。」
 唯は両手の人差し指で、ラインを描いてみせた。
 俺はおにぎりみたいなものを想像したが・・・違うな、きっと。
ラム「ウチが買ってくるっちゃよ。まだ先だけど、行ったらお店に寄ってみるっちゃ。ウチもそのどら焼きは、心残りだったっちゃ。」
唯「えっ!! ホント!?」
あたる「フッフッフ、任せとけ。大船に乗ったつもりでいなさい。」
ラム「それ、ウチのセリフだっちゃよぉ!」
唯「わーい! つもりでいるいる〜!」
 と唯は笑顔でバンザイをした。
 無邪気といえばそれまでだったが・・・喜び方が普通じゃない。無理がミエミエだ。
 そして綺麗な顔は、笑みを浮かべたまま、急速に青くなると、
唯「・・・この家、ホントに大丈夫かな〜?」
 またまた泣きそうな顔で、唯は俺のシャツを引っ張ってきた。
 直後に起きた事態を考えれば・・・唯には予知能力があったのかもしれない。
 しかし俺は、にっこり笑いながら、
あたる「だから、心配することないって! 大丈夫だよ!」
 大丈夫じゃなかった。
 まさか、あんな凄まじいことが起きるなんて。
 当初、間近でダンボールをぶっ潰すような音がした時、俺は隣家に雷が落ちたのかと思った。音が近かったし、揺れがあまりに酷かった
からだ。いつの間にか寝ていたジャリテンが、床で飛び跳ね、仰向けだった姿勢がうつぶせにひっくり返っちまった。
 直後・・・部屋の中だというのに、なぜか雨に頬を叩かれ、俺は顔を上げた。
 何か奇妙なモノが、天井から生えている。蝋燭の明かりしかないので、目を凝らしても、よくはわからない。だが形から見て・・・咄嗟
に俺は、馬鹿でかい黒板を連想した。その角が雨の水流を伴って、頭上の亀裂から顔を出している。
 き・・・亀裂だって!? 天井に!!
唯「あっあっあっ・・・あたるさ〜ん!」
 天井を見上げた唯も、情けない声で俺を呼んだ。
 頭上の巨大な板が、木材のきしむ音とともに、大きく動いた。
あたる「どわわわわわっ!」
ラム「だ、ダーリンっ!」
 風で飛ばされたどっかの板が、ウチの屋根を直撃したんだ・・・なんてまともな理屈は、後で思いついたことにすぎず、この時俺は、完
全に正気を失っていた。凍りついた唯を抱えて部屋を飛び出せたのは軌跡といっていい。
 底が抜けるような破壊音は、俺たちが廊下に出た直後・・・ラムがジャリテンを抱えてドアから飛びぬけると同時に起こった。頭なんか
使ってる余裕はなく、俺は最も近い部屋・・・唯の部屋のドアを開けた。まずラムとジャリテンが飛び込み、俺も後に続いた。
 後で冷静に考えれば、家の外に逃げ出した方がよかったのかもしれない。だが、真っ暗な部屋に逃げ込むやいなや、俺たちは隅でかたま
ると、濡れた子犬みたいに肩を寄せあって、台風が過ぎ去るのを待った。
 家がきしむ震動は、ひと晩中、壁を揺らし続けていた。

                            *
 翌日の早朝。
 過ぎ去った台風が辺りの雲をKOしていったらしく、空は不気味なほど晴れ渡っていた。文字通りの快晴・・・雲ひとつない。
 どこからともなく、チュンチュン、って雀の鳴き声が聞こえてくる中、俺は道路から我が家を見上げながら、大きくタメ息をついた。
 正面から向かって屋根の左側に、馬鹿でかい長方形の板が刺さっている。正確な大きさまではわからないが、軽く見積もっても、長さが
3メートルはあるようだ。
 さらに・・・板の絵柄が、果てしない脱力を誘った。
 『鳥だ!飛行機だ!チョコバナーヌくんだ!』
 手足の生えたバナナのお化けみたいなマスコットキャラが、屋根の上でグーサインを出していた。逆さまになって、顔が隠れていはいる
が、見たければ、俺の部屋に行けばいい。机や箪笥を押しのけ、デカイ顔でニヤッと笑ってやがる。
 俺はがっくり肩を落としてしまった。
 ・・・勘弁してくれ、マジで。

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