時は夢のように・・・。「第七話」 (Page 8)
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 関東を中心に展開しているクレープチェーン店のロゴ大看板だ。最近、友引町にも支店ができて、ラムと唯がよく待ち合わせで使ってる
って言ってたけど、よくよく縁があるらしい。昨晩の強風に乗って、ウチの屋根に突っ込んできたのだ。
 でもあの店って、商店街のド真ん中だぞぉ? ここまで飛ぶかぁ〜?
 さらに、被害はこれだけに留まらなかった。玄関に戻ると、俺は憂鬱な気分で、ドアのノブを引いた。
 目に入ってきたものは、泥にまみれた土間だった。
 砂利は玄関口だけに留まらず、廊下、茶の間をも浸していた。ここからじゃ見えないが、奥の間も似たようなものだ。そこら中が、ドロ
ドロのグチョグチョになってる。
 早い話、床上浸水ってやつだ。
 上で縮こまってた時に、階下ではとんでもないことになっていたらしい。気付いたのはついさっき。階段から降りた途端、泥に足を取ら
れ、俺はすっ転んでしまった。今では水こそ引いたものの、汚泥は堆積したまま・・・後始末を考えると、気が重くなる。
 俺は靴のまま、廊下に上がった。
 適当に見回っただけだが、我が家が被った被害は、次のようになるらしい。
“唯の部屋以外は全滅。”
 嬉しくなってくる。
 突っ込んできた大看板は、俺の部屋を全壊してくれた。一階は一階で、床上浸水だ。座る場所すらない。風呂場やトイレなどの水道設備
は、無事を確認済みだが、あくまで、水が流れたってレベルの話で、平常とはほど遠い。まだそこらじゅうが濡れているので、電気が通っ
ているかどうかも不明・・・怖くてブレーカーを上げられないのだ。
 被害を免れ、かつ寝泊まりできる場所は、唯の部屋だけだった。
 俺は頭をかきかき、階段を上った。
 唯の部屋だけが無事だなんて・・・、神様も皮肉な真似するよ。でもまあ、唯の生活空間は維持できてるんだし、それだけでもよしとす
るか。じゃないと、唯がウチにいる理由がなくなっちゃうワケだしな。
 そんなことを考えながら、階段を上りきった時だった。
ラム「あっ、ダーリン。靴はそこで脱ぐっちゃ。下はどうだったっちゃ?」
 ラムが、俺を見て明るく笑った。衣類を抱えている。
 全てをなくした状況では、男より女のほうが強いって話だけど・・、違いない。一旦部屋を出てからというもの、ラムと唯とジャリテン
はああやって、他の部屋から使える物を運び出している。どこかウキウキしているように見えるから、こっちは関心せざるをえない。
 俺は指定通りにスニーカーを脱ぎながら、
あたる「とりあえず、水まわりは無事だったよ。でも電気はやめといた方がいいな、まだあちこち濡れてるんだ。あとで電力会社に連絡し
    てみるとしよう。」
唯「そうね。プロに任せた方が安全だもの。」
あたる「で・・、その荷物、どこへ運んでんの?」
 俺は顎でしゃくってみせた。
 ラムたちが抱えているのは、俺の衣類だった。夏場用のシャツやジーンズだ。
唯「どこって・・。」
ラム「唯の部屋だっちゃよ。」
あたる「それだったら、納戸の前に放り投げといてくれていいよ。後で分類するから。」
ラム「納戸の前? 廊下にけ?」
 ラムの可愛い顔が、ネコみたいに首を傾げた。
あたる「ああ。下は乾くまで何もできそうにないしな。二階もこの通りだし・・・廊下で寝泊りすることにしたんだ。だから、さ。」
唯「廊下に寝るの?!」
あたる「だって仕方ないだろ。唯ちゃんを置いて家の人間が出ていくのも変な話だし、かといって唯ちゃんを放り出すワケにもいかない。
    ま、幸い廊下は無事だったし・・、ホラ、納戸の前なら、唯ちゃんやラムの出入りの邪魔にもならないだろ? これぞナイスアイデ
    ィアって・・・。」
唯・ラム「ナイスじゃありません!(じゃないっちゃ!)」
 いきなり叫ばれたので、俺はびっくりした。
 唯はこめかみを押さえながら、タメ息をつき、
唯「もう、男の子って・・・どうしてこうなの?」
あたる「な、なんだよー。じゃあ、どうしろっていうんだ?」
 すると、ラムがひらめいた様に言葉を発した。
ラム「ダーリンっ! ウチのUFOにくればいいっちゃよ!」
 げげっ、何を言い出すのかと思えば・・。そりゃ一番最悪なパターンじゃないか! それを言われるのがイヤだから、あえて「唯の部屋に
泊めてくれ」って言わないことにしたのに・・。
ラム『ダーリンを唯と一緒の部屋に置いたら、ナニするかわかったもんじゃないっちゃ。ウチのUFOに連れてくっちゃ!』
 とか言って、強制連行されるのは目に見えていたのだ。
 ラムのUFOで寝泊りするくらいなら、俺は廊下の方が絶対いい!
あたる「却下却下。学校行く時とか出かける時はどうすんだよ? 第一、俺は空飛べないんだぞ! 」
ラム「ウチが送り迎えしてあげるっちゃよ。んふっ♪」
 ラムは、この上ない満面な笑みを浮かべる。
あたる「そ・・そんなぁ・・。」

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