時は夢のように・・・。「第七話」 (Page 3)
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あたる「えー・・・、家にはラムもいるし・・・、その・・俺もいるし・・。」
唯「?」
あたる「だからぁ、仕事を助けてあげれるワケじゃないけど・・、少なくても、家では寂しさを紛らわしてあげれるってこと。」
唯「え・・・ええっ。」
 彼女の顔が、みるみるうちに、赤く染まっていく。
あたる「それに、唯ちゃんがガッカリしてたら、俺たちまで心配しちまうだろ? いつも笑っててくれとまでは言わないけど、落ち込むのは
    ダメだ。」
唯「ご、ごめんなさい・・・でも・・・ありがと。」
 俯いて、茹でたロブスターみたいに真っ赤になった唯。湯気が見えてきそうな照れっぷりだったけど、彼女は、すぐに顔を上げて、
唯「じゃ、じゃあね、あたるさんの話しましょ?」
あたる「はぁ? 俺の?」
唯「だってやることなかったから北海道で遊んできたって、シャワーの前に・・。」
あたる「確かにそうだけど・・・別に名所巡りしてたワケじゃないぜ? ただ、父さんの宿舎がある湧別の辺りをほっつき歩いてたってだけ
    の話しで・・・。」
唯「いいから聞かせて! ねっ?」
 唯は、俺の腕を引っ張ってせがんだ。
 ハニカミな話題から話しを逸らしたいのかな、とも思ったけど、違うようだ。唯の瞳は、好奇心と期待で輝いている。どうやら、本気ら
しい。
 うーん、やっぱり女の子は不思議だ。ま、唯の場合は趣味が散歩ってところもあるから、少しは分からなくもないけど・・・それにした
って、他人の旅の話しを聞いてなにが面白いんだ?
唯「ねえ、早く早く!」
 と彼女は、再び腕を引っ張った。
 こういう時の唯は、まるで子供だ。
 ・・・仕方ないなぁ。
あたる「じゃあ、どこから話そっか?」
 シチューの皿を退かすと、身を乗り出して、俺は話し始めた。

 それからの唯の表情は、面白いの一言に尽きた。
 最初に、俺がサロマ湖に行った話しをすると、
唯「海と繋がってるのに、透明度は高いって話しなのよね。見てみたかったなぁ。」
 羨ましそうに、まず、うっとり。
 次に、能取岬の先からオホーツク海を一望したぞ、と言うと、
唯「うー、いいなぁ。壮大な景色だったんでしょうねぇ。」
 今度は遠い目で、吐息を漏らした。
 さすがに女の子・・・パリやローマへ旅行するのが夢っていうだけあって、こっちが一言いえば、勝手に想像を巡らしてくれるから、話
しが早い。
 その後も、しょーもないことで驚いたり、目を輝かせたり、笑い転げたり・・・写真集のアルバムが一冊できてしまうほどの表情を見せ
てくれた唯だったが、牧場で目の当たりにしたキタキツネの親子の話をすると、細眉をハの字に曲げて、俺をなじった。
唯「えーっ!? やだやだ、どうして写真撮ってくれなかったのっ!?」
 イタタタタ・・・。そうきましたか。
あたる「ホ、ホラ、別に観光目的で北海道に行ったワケじゃないんだし、俺としては暇つぶしにブラついてただけだから、写真までは・・
    ・。ごめんね。」
 俺は、手を合わせて、笑顔を作った。
 しかし唯さまは、ソッポ向き、
唯「もうっ、男の子ってこれだからイヤだわ。沙織ちゃんだったら、写真の一枚ぐらい撮ってきてくれますっ。」
あたる「だって俺、沙織ちゃんじゃないもん。」
唯「あーっ、開き直った!」
 彼女はふくれっ面で、俺を睨みつけてきた。
 いかん・・。押されっぱなしは、よろしくない。
あたる「そうだ・・! 話しは変わるけどさ、さっき玄関でなにやってたんだ?」
 これが、うまくいった。
唯「えっ、えっ?」
 慌てて顔を逸らす唯。ちょっと鼻の辺りが赤くなった。
あたる「ホラ、俺がドアを開けると、キャーって・・・。」
唯「あっ、あれ? あれは、その・・・あれよ、あれ。」
 とゴニョゴ二ョ。ただし、どことなく焦って見える。
 ・・・ははーん、そういうことか。
 俺はニンマリ笑い、指を一本立てると。
あたる「わかったぞ、定番って言っちゃあなんだけど・・・雷が怖いんだろ?」
唯「ま、まっさか!」
 と澄ましてみせる唯だったが、額から冷や汗がひとすじ。
 怪しいので、俺は身を乗り出し、まじまじと唯の瞳を見つめた。
 漆黒の瞳が、揃って右側に寄った。彼女が視線をずらしたのだ。
 俺は顔を近付け、唯の瞳を追った。
 双眸が、今度は左に向けられた。
 もっと近寄り、深追いしようとする俺だったが、
唯「もうっ、なぁに!? 恥ずかしいじゃない!」
 天井に向かって唯がわめいたので、仕方なく体を戻した。
 くっそー、ここでゴロゴロっとくれば・・・。
 このセコい願いが、神に通じたらしい。
 突然、遠くで大砲をぶっぱなしたような音が上がったと思うと、壁から天井までが、ビリビリ震えたのだ。低周波ってのは、人間の耳じ
ゃ方向を特定できないそうだけど、俺も足元が揺れてるような錯覚を起こした。カーテンは閉め切ってあるから、稲妻の光は入ってこなか
った。
 この様子だと、かなり近い・・・しかし俺は、フッと目を閉じると、両手を広げた。

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