時は夢のように・・・。「第七話」 (Page 1)
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時は夢のように・・・。
第七話『滅びの序曲。』
後で聞いた事だけど、その日の天気は、朝からひどいものだったらしい。
夕暮れ・・・ひどい土砂降りの中、俺は大きなバックを雨避け代わりに、家に向かって走っていた。南からやってきた大型の台風が、太
平洋に逸れる気配も見せず、ダイレクトに関東を直撃したのだ。
おりしも6月も半ば終わった頃の・・・梅雨も真っ只中の事だった。
玄関の前に着くと、俺はバックを落とし、両肩の水滴を払いのけた。濡れてるってモンじゃない。シャツもジーンズも、絞り出せるくら
い、雨水を吸ってる。しかもこの暑さ・・・まるで街がサウナになってるみたいだ。
空を見上げてみると、空は暗く澱んでいた。この分だと、雨は当分やみそうにない。
一呼吸して、俺はドアに鍵を突っ込んだ。
回すといつも通りガチャっという音が聞こえたので、ノブを引っ張った。
ビクともしなかった。
あたる「あ、あれっ?」
俺は焦った。なんせこの数日、留守にしていたのだ。鍵の手応えはあった・・・ってことは、開けっ放しで出かけていた事になる。
泥棒が入ったとして・・・何日も居座るとは思えないが、用心にこしたことはない。俺は鍵を開けなおすと、ゆっくりノブを引いた。
ふー・・。落ち着け、諸星あたる、18歳。もう高3なんだぞ。
俺は息をひそめて、静かにドアを引いていった。
後ろで稲妻がほとばしり、引き延ばされた俺の影が、土間のタイルに張りついた。
振り返るまでもない、ただの雷だったんだが・・・。
「キャーーッッ!!」
直後に絹を引き裂くような悲鳴が続いたので、俺は尻餅をついた。情けないけど・・・腰を抜かしてしまったのだ。声は、玄関の奥から
上がった。
な、なんだぁ!? ウソだろ、ホントに誰かいるぞ!!
さらにそこで、もう一度ピカッ…稲妻の光が玄関に差し込んだ。
おかげで、侵入者の姿が、ハッキリとわかった。
「やーん! もうやァだ!」
ベージュのTシャツの上から水色のエプロンをつけた女の子が、両耳を押さえて、俺の目の前でうずくまってる。右手に持ってるのは
・・・あれは“おたま”だ。
あぁん!?
あたる「ゆ、唯ちゃんじゃないか!?」
唯「あたるさん、閉めて閉めて! ドア閉めてってばぁっ!」
しっかり片耳を押さえたまま、おたまをふりふり、唯は叫んだ。顔は真っ青。
床で打った腰がズキズキするけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。ワケがわからなかったが、とにかく立ち上がって、俺はドアを
閉めた。
電気がついてなかったので、玄関は薄暗くなったものの、強い雨脚の音が少し和らいだ。唯は、ほっ、と息をつくと、その場にフニャフ
ニャ。
あたる「どうしたの、大丈夫?」
こう訊くと、青かった顔が、急にカーッと赤くなった。
唯「えっ、ええ。ごめんなさい、もう平気だから。」
顔を背けると、しおしおした動作で、唯は身体を起こした。こんな姿をみせてしまって恥ずかしい・・・顔がそう言っている。
ところが不思議なことは、そこから起こった。次の瞬間、彼女は弾かれたように、俺の方を振り向くと、両手でグッとおたまを握りしめ
て、
唯「それより・・・どうだったの、お仕事の方は?」
あたる「はぁ?」
漆黒の宝石みたいな瞳に見つめられ、俺は眉をひそめた。
仕事だって? 仕事で出張してたのは唯だろ? しかもその事情を、俺に訊いてどうする? そもそも、いつ帰ったんだ?
むむむ、やばいぞ、出張の疲れで、唯の神経がおかしくなったんじゃ・・・。
なんて、俺が勝手な結論を出しかけた矢先、
唯「どうだったの? あの後、おじ様が出張で行ってる北海道の事務所まで書類届けて、ちゃんと間に合った?」
すごく真剣な眼差しで、唯が言った。
脳みそを、記憶がほとばしった。
そうだそうだ、忘れてた。
それが我が家を一週間も留守にしていた理由だったんだ。一週間前、父さんが仕事の都合で北海道に半月程の出張になったのだ。出張先
が北海道ってこともあって、観光気分で母さんも一緒にくっついて行っちゃったんだけど、翌日の朝、父さんから電話があって、「極秘緊
急書類を忘れたから大至急持って来い。間に合わないと首を吊るしかない・・・。」その電話を受けた俺は、唯ちゃんにバイクで羽田まで
送ってもらって、飛行機で北海道へ向かって・・・!
ラムも、一緒についてくはずだったんだけど、急にラムの父から連絡が入った為に、母星に一時帰ることになってしまった。だもんで、
結局俺が一人で行くことになったんだけど・・・はぁ・・。
あたる「ああ・・・あれね。」
俺は土間に腰かけると、スニーカーを脱いだ。
唯も膝を折ると、俺の顔を覗き込む。
唯「間に合わなかったの? まさか・・・最悪な状況に?」
あたる「いいんだよ、あんなクソ親父。ホントに首つって・・・。」
俺が毒づくと、隣で、カラーン、と音がした。
床の上で、おたまが転がっている。唯が取り落としたのだ。
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