時は夢のように・・・。「第九話」 (Page 1)
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 時は夢のように・・・。
 第九話『運命の日は静かに・・・。』

 異変の前ぶれは、静かに起きた。
 7月中旬の頭・・・ある日曜の朝のことだった。
あたる「ふわぁー、まだ眠み〜。」
 朝9時。顔を洗い終えた俺は、大きくあくびしながら廊下に出た。
 電話の前に、パジャマ姿の唯が立っていた。
 誰からの電話なのか・・、受話器を耳に当て、真剣な顔で会話している。
あたる「・・・どうかしたの?」
唯「えっ?」
 ちょうど電話を終えたところで、唯に話しかけた。
 唯は俺に気付くと、慌てた様子で目線をそむけた。
唯「なっ、なんでもないよ! 気にしないで!」
あたる「ウソつけ。顔がマジだったじゃないか。仕事か?」
唯「そ、そう! 仕事のことで、沙織ちゃんから!」
あたる「沙織ちゃん? こんな朝っぱらから?」
唯「そっ! 今手がけてる仕事のことで・・・だから心配しないでっ!」
 焦ってるのがミエミエだから怪しさ120%なんだけど、仕事を持ち出されたらツッコミようがない。ま、誤魔化す余裕があるんだから
、ホントに大したコトじゃないんだろう。
あたる「ま、そういうことなら・・・朝ごはんはどうする?」
唯「わっ、わたし、今はいい。後で軽く・・・あたるさんは?」
あたる「俺も。じゃ、もう少し上でゴロゴロしてるか?」
 頷きあって、俺たちは二階に上がった。
唯「まるで新築の家みたい。」
 かつての俺の部屋を見ながら、唯が言った。
 なにしろ、壁がない。例の看板を除去するついでに、業者が腐りかけてた壁もとっぱらったのだ。今は取り替えられた柱と、天井の梁が
あるだけにすぎない。この時期になって、やっと屋根ができかけてるところで・・、雨風を防ぐのは、やっぱり青いビニールシートだ。
 でも・・、まだ後始末の段階だな、これじゃ。
あたる「夏休みの前に、なんとかなるといいんだけどなぁ。」
唯「そうね、これから台風季節本番だもの・・。この状態に、もう一度台風がきたら・・。」
 俺たちは苦笑しあって、唯の部屋に入った。
 俺は畳んだ布団に背をもたせ掛けて、唯は俺の対面に座って、クッションを膝の上にだっこした。
 いつもは大工のトンカチの音が聞こえてくるんだけど、今日は日曜なので静かなもんだ。
唯「・・・暇だね。」
あたる「ああ。」
唯「退屈じゃない?」
あたる「んん・・いいんじゃない、こういうのも?」
唯「ふわーって感じ?」
あたる「そう。これぞワビサビってね。」
唯「それってちょっと違うと思う。」
 クッションを抱きしめて、唯はクスクス笑った。
あたる「そういえば、唯ちゃん、日曜日だってのに最近ウチにいるコト多いよね?」
唯「え・・・えっ?」
 赤くなった唯は、クッションをぎゅーってやると、それで顔半分を隠して、
唯「だって・・・あたるさんがいるから・・・。」
あたる「お、俺っ?」
唯「うっ、うん・・・仕事で予定立ててると、どうしても別々の行動になっちゃうでしょ? わたし、あたるさんと一緒にいたいなぁって・
  ・・。」
 それから上目遣いになって、チラッと俺を見ると、
唯「えへへ・・・言っちゃった。」
 はにかんだ笑みを浮かべ、唯は舌を出した。
 俺は思わず見惚れてしまった。
 ・・・ああ、いいなぁ、この感覚。
 しかし・・・いいのかね、このままで?
あたる「・・あのぉ、ちょっとマジな話していい?」
唯「なぁに? どうしたの?」
 瞬きして、唯はクッションを脇に置いた。
あたる「俺・・、このまま唯ちゃんの部屋にいてもいいのかなぁ?」
唯「えっ?」
あたる「勘違いしないでくれよ、唯ちゃんと同室なのがイヤだってんじゃないんだ。ただ、下もずいぶん片付いたし・・・無理して同じ部
    屋に住む必要がなくなったような気がしてさ・・。」
 俺は頬をかきながら言った。
 一階の後始末は、6月の最後の週で済んでいた。俺と唯ちゃん、ラムとジャリテンが、えっちらおっちらやった結果だ。ただし無事だっ
た二階の荷物を下に降ろしてあるので、まともな生活環境からは未だ明後日の方を向いている。特にひどいのは茶の間で、ダンボールの山
になっていて、テレビを見るのも一苦労だ。でも、無理すれば、寝るスペースを確保できないこともない。
 父さんたちは、北海道出張から帰ってきたんだけど、家の状況を見るや、出張期間を一ヶ月延長するとか言って、また北海道に戻って行
った。「家の事はあたるに任せる。お前も立派な大人になったんだから、なんとか頑張りなさい。」だって。ったく、無責任も甚だしい。
あたる「それに・・、この部屋だと、仕切りはアコーディオンカーテン一枚だけだろ? 唯ちゃんは女の子なんだし・・・そういうのイヤじ
    ゃないかと思って。」
 俺は言葉を切って、唯の答えを待った。
 唯は、しばらく絨毯を見つめていたが、やがて上目遣いで、
唯「理由・・・ホントにそれだけ?」
あたる「そ、それだけって?」
唯「わたしがイヤだって言ってるワケじゃないのに・・・、おかしいよ。」

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