時は夢のように・・・。「最終話」 (Page 13)
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あたる「そ、そうそう、お土産があるんだ・・・ひとつだけど。」
 俺は慌てて傍のバックに手を突っ込んだ。
 抜いたものは・・・竹筒だった。リレーのバトンをひと回り大きくしたような物だと思えばいい。
 二人は驚いたらしく、目を丸くした。
ラム「これ・・・まさかっ?!」
唯「ひょっとして?!」
あたる「そっ、京都は『笹屋伊織』のどら焼き。」
唯「あたるさん、覚えててくれたんだ・・・!」
あたる「大船に乗ったつもりでいろって言っただろ。ま、店を見つけるまでに時間かかっちゃって、残り一本だったんだけど・・・。」
 竹筒を差し出しながらだったが、語尾まで言い切ることはできなかった。
 受け取る代わりに、二人が俺に抱きついてきたのだ。いきなりだったので、俺もびっくりし、二人に潰される形で畳にひっくり返った。
ラム「もう・・・! スタンドプレーのやりすぎだっちゃ・・・!」
唯「私、ますますあたるさんを好きになっちゃうじゃない・・・!」
あたる「と、いう事で! これからも今まで通り、三人仲良くやっていこうぜっ!」
 一気に話題を方向転換させたい俺は、無理やり話を横にずらした。
 でも、これもまずかった。
ラム「・・・・・。」
唯「・・・・・。」
 二人から言葉が無くなり、目を伏せ俯いたのだ。
あたる「ど、どうかしたのか?」
 やっぱり、俺が関係をハッキリさせてしまったのがいけなかったか・・? 裏目に出ちゃったかな・・。
 なんて、余計な心配を頭の中で勝手に巡らせていた時だった、
 俺の傍から離れると、二人は見合って小さく頷き合った。
ラム「・・・唯の口から言ってほしいっちゃ・・。」
唯「・・・うん・・。」
 唯は顔を上げて、ゆっくりと話しはじめた。
唯「私・・・フロリダに行きます。」
 な・・なんだって? 俺は耳を疑った。
あたる「だって・・、唯ちゃん、自分でも迷ってるって言ってたじゃないか!」
 俺は焦った口調で言った。
 彼女は俺を見ると、恥ずかしそうにテーブルを引っ掻いた。
唯「恥ずかしいことだけど・・・私、自分のこと何一つはっきり決めないで、先送りにしてた。でも、これじゃいけないって気づかせてく
  れたのは、あたるさん・・・あなたよ。」
あたる「俺?」
唯「私は、あたるさんに恋をした・・・。ふられちゃったけどね・・・。そうしたあたるさんは、すごいと思う。本音を言うと、ラムさん
  が羨ましくて、悔しくて・・・。でも、あたるさんが決めたことだから、仕方ないよね。」
あたる「唯ちゃん・・・。」
唯「そのとき、あなたから貰ったものが、決断する勇気よ。」
 ひとつずつ語り始めた唯の瞳は、当初の悲しみの色から、だんだんと光が溢れ力強く輝きを増していく。 
唯「こないだね、沙織ちゃんから電話があってね、海外専属プランナーに私が選ばれる様に、上司が推薦してくれたっていうの。それでね
  、秋の選考を通さずに専属にまわしてくれて、フロリダのディズニーワールドにあるけっこう有名なホテルに、派遣プランナーとして
  紹介もしてくれたの。」
 そして唯は、ちょっと間をあけて、俺の目を見た。
唯「私・・・自分でやれること、しっかり掴んで、自分の足で立ってみたい。あたるさんやラムさん、そしてみんなで作ってくれたこのチ
  ャンスを生かしたい。だから、行くわ。」
 唯の目から、迷いが消えていた。
 真っ直ぐで明るくて、いつも前を見つめている唯。俺の好きな表情だ。
 そのとき、俺にもわかった。
 唯を引き止めておきたい。ずっとここにいてほしい。でも、唯の目が曇るのはいやだ。活き活きと輝いている彼女でいてほしいんだ。
あたる「そっか・・・がんばれ。」
 それくらいしか、俺には言えなかった。
 

                                *
 月日は過ぎて、8月も半ば・・・、夏休みの真っ最中だ。
 空は憎たらしいくらいに快晴。
 今日、唯はフロリダに発つというのに。
 初めて俺の家に来たときと同じように、ボストンバックを下げて、彼女は玄関を出て行く。
 Tシャツに赤いミニスカートで、まるでちょっとそこまで買い物に行くみたいに。
 スニーカーの紐を結ぶ唯に、声をかける。
あたる「唯ちゃん、忘れ物はない?」
唯「うん、大丈夫よ。また後で・・・連絡するから。」
ラム「待つっちゃ、ウチらも行くっちゃ!」
 みんなで家を出て、玄関に鍵をかけた。
 家の復旧作業は、ほぼ完了していた。外から見ると一階の屋根から上の外壁は、新築みたいにピッカピカだ。
あたる「ボロ家もようやく復活だな。」
ラム「一階と二階の壁の色が違うっちゃ・・。」
唯「この家には、たくさんいい経験をさせてもらったわ。」
 苦笑しながら、唯は家を見上げた。
 三人並んで歩きながら、後ろ髪をひかれるように、唯は何度も家を振り返った。
 成田エクスプレスに乗り込んでからは、あまり言葉は交わさなかった。

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